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ナルニア国物語 カスピアン王子の角笛


きのうはナルニア国物語第2章カスピ庵王子の角笛の公開初日であった。
しかもレディースデイ。
さっそくナルニアンな息子の仕事が終わるのを待って映画館で待ち合わせ。
良い映画(好きな映画)を見て至福の時間を過ごした。
相変わらずキュートで賢いルーシー。
すでに話題騒然のカスピアン王子、成長したペベンシーの3兄弟もピーター、スーザン、エドモンドのみんなが知恵と勇気で滅びかけたナルニアを再興するべく活躍する。
CG(?)でだけ出演した大好きなティルダ・スウィントンも怖くて良かった。
子供向けの物語ながら戦いの場面は映画でみると凄惨で、人間と戦争は切り離せないものなのだと思う。こんなに厳しい戦争だったかしら?と、今もう一度カスピアン王子の角笛を本棚から取り出している。
: 映画 : 09:19 : comments(0) :
パンズ・ラビリンス

パンズ・ラビリンス;スペイン、メキシコ、アメリカ映画。
アカデミー賞のうち、衣装、メイクアップ、撮影賞の3賞を受賞。
PG-12指定。
子供にファンタジーとして見せることはできないと思う。
というか単なるダークファンタジーではなく、現実には、フランコ政権下の内戦に満ち満ちたスペイン国内の殺伐とした状況を生き、母の再婚相手である残酷な大尉を父としなければならない、無垢な少女の物語である。
少女は本当はパン(フォーン)の導く迷宮にある王国の王女なのだ。
しかし王女として迎えられるには3つの試練を乗り越えなくてはならない。
これを暗喩ととるか、表象ととるか。
2重に描かれた世界が見事である。
涙もろくなったのか、少女が実は大人に変わりつつありながら、迷宮の入り口で倒れる姿に思わず涙する。
残酷なシーンに心が揺さぶられてしまうが、すぐれた映画であることは否定できない。
良い意味で全くわたしの期待を裏切った映画であった。
: 映画 : 18:24 : comments(2) :
「マイ アーキテクト ルイス・カーンを探して」2003年アメリカ
ザッピングしていてふと見始めた映画がときとして心に残る、わたしにとっての名画であったりするときがある。
この映画「マイ アーキテクト ルイス・カーンを探して」もそんな映画のひとつだった。
ドキュメンタリー映画である。
著名な建築家である父親は自分の母親とは正式な家庭を持たなかった。
父親は3つの家族をもっていて正式な妻も子供もいたが愛人たちとも子供を持っていたのだ。
息子のナサニエル・カーンが自ら父親の設計した建物を世界になずねがら父親の姿を探す旅。
ソーク生物学研究所、リチャーズ医学研究所、エクセターアカデミー図書館、トレントン水浴場、キンベル美術館、海上を移動するコンサートステージになる船、などなど・・・(作品の写真サイトはこちら
古代遺跡のような現代建築を目指し、つぎつぎに傑作を作りながら、最後はペンシルバニア駅構内で心臓発作をおこし行き倒れのように亡くなり、破産もしていたという人物。
エゴイストなのか、事業の失敗者なのか。
設計者仲間がいう。
「当時一番人気のあった建築家だった。なぜならコルビジェは陰険、ミース(ファンデルローエ)は近寄りがたく、カーンは親しみやすかった。」
圧巻はバングラデッシュ国会議事堂の建物だと思う。
バングラデッシュが1983年にパキスタンから独立したとき、そのモニュメントになる自分たちの国会を欲したとき、その意を汲んで金に糸目をつけず設計と建築に携わったものである。死後9年にして完成をみたため、カーン本人は建物の全貌をみていないのだ。
ここでナサニエルははじめて父親を誇らしくぐっと身近に感じたのだと思う。
ときに人はなにかに秀でていてそれに集中するあまり、思いやりに欠けていたり、社会的に不適合だったりすることがある。
まわりにいる人間は苦しむかもしれない。
しかしそれを乗り越えたはるかかなたにやはり、人間としての大きな理想やイデーがある。それを理解できたとき、苦しみから解放されるのだろうか。

三つの家庭の遺児たちが一同に介したとき、思い出の中のカーンのエゴイズムはあまりに遺族たちに傷を残していることに気がつかされる。
その中で長女のいった言葉が印象に残った。
「わたしたちはみんな家族といえるのだろうか」
という問いに対してこう言ったのだ。
「共通の父がいるから家族なのではない。お互いを思いやるようになったら家族なのだ。」
: 映画 : 10:24 : comments(5) :
ミス・ポターを見る
いままでにUKには3回ほどでかけたのに、なぜか湖水地方へは行っていない。
ぽっかり抜け落ちた穴だ。
湖水地方にすてきなBBを予約して、長逗留していみたいものだ。
そんな憧れの湖水地方の美しい景色も楽しめる映画である。
思ったより悲しい恋の結末。
ユアン・マクレガーが素敵だ。
主演のレニー・ゼルウィガーはイギリス生まれ?と思わせるほど英国訛りが上手。もちろん演技もすばらしいので地味な映画ながら味わい深い。
時代はヴィクトリア期の後期。
当時の上流階級の暮らしぶりも覗ける。
たまたまTVで開高健がまだ生きていてスコットランドに貴族の館を訪ねてつりをする昔の番組を放送していたが、その中で「英国の土地の三分の一はいまだに貴族の持ち物であり、そのことがこの国の豊かな自然を守った」というくだりがあった。今はその割合はまた変わってしまっているのかもしれないが、ミス・ポターを見ていてもそれがわかるような気がした。
開発業者から湖水地方の美しい景色と自然を守るために彼女はピーター・ラビットの本のシリーズで手に入れた印税を注ぎ込んだ。
業者の手に渡る前に土地を買い取っていったのである。
最初は個人の基金としてスタートし、やがてそれはナショナルトラストへと繋がっていった。

: 映画 : 21:07 : comments(4) :
Harry Potter先行オールナイト「不死鳥の騎士団」
歌舞伎町で夜9時からの回のハリー・ポッターと不死鳥の騎士団を夫と長男と3人で見てきた。

台風前夜とあってお客さんはごくまばら。
雨がこの映画の良い味付けになった。

ハリー・ポッターの魅力はスペクタクルなファンタジーというだけでなく、学園ドラマであり青春映画でありホラーでもあるところにあると思う。
魔法学校(イギリス式のボーディングスクール)の中でくりひろげられる学園生活、友情、葛藤、恋は、魔法が使えなくても使えても変らない少年少女の永遠のテーマであり、単に甘いファンタジーに終わらないのは、このテーマが生き生きと活写されているからなのだ。
さらにこの映画のシリーズを見ごたえのあるものにしているのは、豪華なイギリスの名優たちの出演に負うところも大きい。

それにしてもハリーはいったいどこまで苦労をしょわされるのか?
「謎のプリンス」でも絶望と紙一重まで苦しめられたが、それを救ったのは友情というところが、ファンタジーとしてだけではなく、学園ドラマとしても成功しているこの本の面目躍如たるところだと思う。
もうじき我が家に届く予定の最終巻「Harry Potter and the Deathly Hallows」 ではなにが起こるやら。
作者はハッピーエンドを望まないらしい。
終わりにしないで欲しいというweb署名も始まっていると聞いた。
次の第七巻で終了するとしたらそれは本当に寂しい。
わたしは作者のJ.K.ローリングが意地悪ではない、という弁護をするつもりはないが、作者の意思を尊重すべきであると思っている。
ハリー・ポッターは永遠に本の中に生き続けているし、わたしたちはいつでもそこに戻れる。
: 映画 : 01:05 : comments(4) :
The Queen
イギリスの女優さんには名女優と呼ばれる年配の人の活躍が見られる。
ヘレン・ミレンもそういう女優さんの一人だと思う。
数年前にカレンダー・ガールを見て気がついたのだからわたしは遅く来たファンということになる。

The Queenは英国における王室の存在がある意味でもっとも揺さぶられた時期に焦点をあてている。
それはダイアナ妃の新しいロマンスと突然の死去による。
プライベートライフが極端に限られ、英国国民のために女王として生きることを選んだ人は、人前では感情を表さない。
一人になったときに・・・フィクションではあるが・・・静かに落涙する。
その涙のわけはわからない。自己憐憫か。
そして控えめな感情表現は動物に対して表される瞬間があり、
一瞬にして女王が近く感じられた。

当時首相になりたてだったブレアが良かった。
頭が切れて理解力があり、思いやりもある。
心がダイアナよりになり女王から離れていく国民をひきとめさせた。
しかし国民もこのことによってさらに、法律的に合法とされている王室の存在そのものをもう一度考えることになったであろう。
英国民は女王の声明を受け入れたのであろうか。

みんな女王が好き?
Fifty fifty.


Duty first,private second.
: 映画 : 16:25 : comments(2) :
トルゥー可愛や
思い出がたくさんある映画。
ブルース・ウェーバーの写真展(これがまた・・・)をApimama、おさる&しっぽと見に行き、現場でミンツ&あんず家とエフィ家と落ち合ってNADiffでお茶をしたのだった。
そしてその後、Apimamaと渋谷で映画を見た。
いきなり涙ぐむApimamaを横目に「映画としてはどうか」などとBlogにも書いた。
しかし、やはりゴールデン大好きなら買うのだ。
言っても良いかしら?
ゴールデン最高!!


それはなんだにゃ?うまうまか?


うまくなさそう・・・
: 映画 : 23:50 : comments(3) :
先行オールナイトでナルニア国物語を見た
とにかくとても大好きなお話。
子供のときから大人になった今に至るまで、何回繰り返して読んだかわからない。
数年前にNHKで『ライオンと魔女』のBBC版を連続で放送したが、これもなかなか良かった。イギリスの児童向けファンタジーの手練手管に魅了された。
ディズニーがこれを映画化すると聞いてから、今日の先行ロードショウをどんなに待ったことか。相棒はハリポタのときど同じ、長男である。

この映画で一番の収穫は子役たち、特にルーシー役のジョージー・ヘンリーと、白い魔女を演じたティルダ・スウィントンであろう。この女優さんの『オーランド』も見たくなった。

戦いの場面も物言う動物も衣装ダンスもみなすべて心躍らせるスペクタクルなのに、なぜかなにかが足りない気がする映画だった。
なにが足りないのか知りたくてハリポタでは買ったことのないプログラムを購入。それでもわからなかった。
こんなに楽しい大好きな物語のお話なのに、自分は一体何が不満なんだろう?
一日たってから気がついた。足りないのはナルニアの世界観ではないだろうか。
監督が持っているナルニアの世界観が見えなかった。
白い魔女だけが真にナルニアの世界観を生きていたように思うのだ。
わたしにはわたしのナルニアがある。しかし映画の中にはまた別のナルニアがありそこを旅する楽しさを十分に味わえたとき、「良い映画だった」と思えるのだ。もうちょっとのところまで来ている映画。次に期待しよう!!


: 映画 : 01:26 : comments(9) :
先行オールナイトでハリポタを見た
楽しいなったら楽しいな。
心うきうき、歌舞伎町。
またもや息子とオールナイト先行上映会へ。
「アズカバンの囚人」で煮え湯を飲まされたわたしだが、やはりイギリスファンタジー好きには急ブレーキがかけられない。
早めに行ってロビーでモスバーガーをぱくつきながら反対の手にはキャラメルポップコーンを確保。

長かった。
が、面白くなくはなかった。
前作とは監督が変わり、わたしが評価する1,2作目のときの監督クリス・コロンバスが製作総指揮のメンバーに加わっているためか、あの学園ものの、等身大に近いハリーが、ほんの少しもどってきてくれたからだ。
でも軸足はしっかりスペクタクルのほうに置いている。
いうなれば・・・成功した娯楽大作!!
失礼ちょっと言いすぎかも。
アズカバンよりずーっと面白いことは間違いなし。
原作はそれまでで一番長く、夜ベッドで読むには不向きなボリュームだったが、さすがにたくさんのエピソードはカットされていた。
日刊預言者新聞のいやな女性記者がアニメーガスであることをハーマイオニーが暴くシーンがあれば見たかったところだ。
: 映画 : 14:40 : comments(2) :
トゥルーへの手紙

犬映画として見ようと思ったらこける。ではドキュメンタリーか?
一部は。しかしこれはあくまでもコマーシャルフォトのようなものだ。
反戦と平和とゲイがテーマ。そしてブルース・ウェーバーにとって、犬たちの存在は何ものにも変えがたいようだ。

戦場に散った写真家ラリー・バローズへのオマージュや暗殺された黒人解放運動家のM.R.キングへのオマージュがちりばめられる。またアメリカのドラマ史上に燦然と輝く名犬リンティンティンやラッシーのセンチメンタルなコラージュ。
だがこれらの切り取りは、決して古き良きアメリカの良識を懐かしむものではない。昔からアメリカは間違いを犯してきた、といいたいのではないだろうか。

本来大事にされるべきものの価値が、あの9.11の後では変わってしまった。そしてそのことを敏感に感じ取ったブルースは、トゥルーたちの身を案じてこの手紙を書き始めた・・・
もしこの映画を見た人が幸せなゴールデンの笑顔を好きになり、それがいつまでも続くことを祈るなら、この映画はなんとか反戦映画の面目を保てそうだ。


: 映画 : 13:27 : comments(2) :