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Sindyのいた夜
12日の夜、はじめてわかった、Sindyが合図してくれたこと。
ちょうどお顔や鼻ずらのあたるふともものあたりに、つんつん、すりすりっとしてくれたのはSindyに間違いない。
だって私の周りにはにゃんこもルーシーもだあれもいなかったから。
ただキッチンの電気がぼーっとついていただけだから。

翌日、Api,Almaの兄貴たちがルーシーを迎えに来てくれた。
夜の新宿を歩いておいしい晩御飯を一緒に食べるため。
その次の日がSindyの命日だってことは全然頭になかった。
なのに、自然と口をついて「ここはSindyと良く来た道」と繰り返していた。
なぜかApipapaもSindyと歩いた枝道へと行く。
中央公園への交差点を渡るときには「ここを渡ってる写真覚えてる」と言う。何度もやり直をして交差点を渡って写真をとったSindyは、「え?またわたるの?」とあきれていたっけ。

だからみんなでイタリアンを食べたりデザートをとったりしているときも、
ApiやAlmaやルーシーのそばにきっと一緒に来ていたんだね。





: Sindy : 22:27 : comments(8) :
再びのお別れ
今年でルーシーは5歳になる。
つまりSindyの遺骨を我が家に置いてもう丸4年以上がたった。
昨年、ほんの少しだけ分骨するために、骨を入れる容器をロンドンのアンティークショップで買ってきた。
そこになるべくあたりさわりのなさそうな骨を少しだけ取り分けた。
骨は一番上に頭蓋骨が来るようにていねいに入れられている。
だから頭をなでた。なではじめると止まらない。
手を通してあらゆることがよみがえってくる。
可愛かった笑顔、怒られて背中を向けながら横目で私を追っていた、
なんともいえないお顔。
若い犬に焼きを入れようとする怖い顔。
いつまでも子犬のように喜んでおもちゃで一人遊びをしていたSindy。

一人深大寺に置いてきたピーちゃんも一緒に多摩動物霊園に移動するつもりで、この日は朝からApimamaにも来てもらった。
Sindyの遺骨は重く、それをずっと抱えてもらった。私は小さなピーの骨を風呂敷に包んで持っていた。

慈恵院という多摩霊園のお寺で埋葬のための書類を書き、そこでお別れをすることになった。
一番嫌な瞬間である。
でもお別れとは骨の入っている入れ物とお別れをするだけのこととわかっている。永遠のお別れは永遠に一緒にいるということと同じだとわかっている。でももう一度私はお骨の入っているつぼのふたをあけた。
最初はピーの頭をなでて、次にSindyの頭をなでた。
再びいろいろな一瞬が頭の中を、文字通り走馬灯のようによぎっていく。

いつも一緒にいてくれてありがとう。そしてこれからもずーっと一緒にいてね。



: Sindy : 22:10 : comments(9) :
My Dearest Sindy


いつも一緒にいてくれてありがとう。
: Sindy : 11:56 : comments(10) :
Sindyのカルテ
今までに我が家で亡くなった正規の猫が2頭(サティとワブ)、それからわんこがSindy。現在猫6頭にわんこのルーシー。
エンドー先生のところにある我が家のカルテの厚いこと!!
「えーっと今日はCocoちゃんね」と言いながら、Cocoのカルテにたどりつくのも大変だ。
すると先生「少し整理したいんだけど、Sindyのカルテ捨てるのも嫌だし・・・持っていく?」
「はい、もらっていきます」とわたし。
「あ、でも見ると悲しくなっちゃうかな。」
「いえ、あの子が生きてきた記録だから。」
すると先生はごっそりSindyのカルテを抜いて「はい」と私に渡してくれた。
なんだか「わぁい」と言って手提げにいれてしまった。
「サティのは?」と聞くと
「Sindyちゃんのお家のカルテの表紙だからこれはとっておく」と先生。
私がはじめて飼い始めた動物がサティだから確かに我が家のカルテの一番上はサティなのだ。
たぶん、毎回見てもらっている保護猫たちのカルテは別になっているか、あるいは廃棄してあるのだろうと思う。

家に帰って机に座ってあの子のカルテを見た。
先生の独特の字で生後2か月で我が家に来て、初めて先生のところにうかがった日の記録から始まっている。
待合室に座っていると先生が2階から下りてきて「うわぁ可愛い。」とSindyの頭をなでてくれたっけ。
カルテの一番上にいつも赤字で「アレルギー」と注意書きがある。
血尿がでたときもあったっけ。
その日は昼ごろからの新幹線に乗って京都に行く予定だったので、先生に無理を行って一番に見てもらったんだ。
ストルバイト結石のときもあった。
心電図もたくさん。
アレルギー検査の表もある。
レントゲンもとった。湿疹ができた場所がかいてある絵・・・
いろいろあったな。
最後のページは「突然の不整脈」「死亡」で終わっている。
やっぱり涙が出た。


: Sindy : 08:15 : comments(8) :
写真がでてくると
Blogが今ではほとんど代わりもしており、
BBSはもうはずそうか、と思う。
その前にふと画像のアップローダーを覗いてみたら、
そこには懐かしいSindyの写真が残っていた。
もちろん前回のPC壊れのときにすべての画像はCDとHDにセーブしたのだけれど、思わぬところからSindyが顔を出す。
懐かしい。
可愛い。
もう永遠にあの夏が来ないでほしい。
焦げるように暑い夏が来るたびに悲しみがよみがえるから。
まだ納骨できない弱いわたしがいる。


しっぽのふさふさがりっぱなSindyと並行に座っているのはノンちゃん


わたしがインフルエンザで寝ているときうれしそうにおふとんに来たね


Kikiと本当に仲良しだったね

また、会おうね。
: Sindy : 10:29 : comments(16) :
Sindyぐるみに驚いた?

ご存じwanko-amiで作っていただいたSindyぐるみ
先週のレッスンで旅行に持っていくものを5つあげて、と言われて飛び出たSindyぐるみ。
ちなみに他のものはクレジットカードとかルーシーの写真(家族のではなく犬の?と聞かれた)、デジカメ、薬など。
先生もあんみつ姫(同じお教室の生徒さん:very young and cool)もわたしの犬の毛を使ったぬいぐるみというのを「剥製」と思ったらしい。
(愛犬を剥製にするのは昔「ホテル・ニューハンプシャー」という映画で見た)
あまりに嫌そうな顔をしたので「来週持ってくるわ」と言っておいたのだ。
今日とりだそうとしたら先生はすでに体を斜めにしている。
とりだしたのはyarnでknittingしたあみぐるみ。
恐る恐る手に取りにおいをかいでラヴェンダーの香りににっこり。
誤解が解けて良かったわ。
今年は運が良ければまた出かけられるかな、Sindyぐるみのおともで。
もちろんおルルの写真も持っていくよ。

: Sindy : 17:52 : comments(5) :
Sindyへのお心遣いありがとうございます
美しいお花や手作りのプリザーブドフラワー、お手製のカードやお香、ぬいぐるみなど、Sindyのことを忘れないでいてくださったみなさまのお気持ちに言葉もありません。
ときどき思い出してくださるだけで、きっとSindyはとてもうれしいのだと思います。
Sindyはお友達が一人も天国の門へ入れないように入り口で通せんぼを続けています。
先に一緒になったラブちゃんやホピン、テト、グレース、ペルボン、アレックス、インディ、そのほかたくさんのお友達と毎日プロレスごっこやいじわるごっこをしながらみんなで入り口を守っています。

「だからみんな入るのは無理よ。残念でした!!あっかんべー!!
そしてみんなありがとうね!!」(Sindy)













: Sindy : 13:10 : comments(4) :
またあの日がやってくる
昨年の8月14日にSindyは亡くなった。
もうじき1年が経つ。
あの日が近づくに連れて悲しみもまざまざと蘇ってくる。
久しぶりに骨壷を開き、一番上にのせられているかさかさになった頭蓋骨をなでてみた。
この骨をわたしは一生持ち歩きたい気持ちなのだが、それもできないだろう。
特に毎日花や水やご飯を備えているわけではない。
そういうことは苦手なので。
でも目を向けるとそこに白いお骨の箱があり、写真の中には優雅に微笑んだSindyがいる。
Blogにはアップしなかったメモがわたしの手元に今もある。
もうだめだとわかってから家で介護を続けた数日のことが、亡くなるまでメモしてあるものだ。
水を飲んだとか、食べたあともどしたとか、短くても苦しい闘病のようすと、かたときもそばを離れずに過ごした密度の濃い数日のことが、書いてある。
少しでも離れるとわたしを目で探すので15分おきに起きてそばに行っていた。酸素テントの中の温度があがらないようにクーラーを低く設定し、自分はトレーナーを着て毛布をかぶってそばにいた、あのときのことをまた思い出すのは辛い。
Api@家がAAも一緒にお花を持って尋ねてくれた。
二人とも偶然あの日と同じ服だという。
今はわたしにはルーシーがいて、ルーシーも怖いほど可愛い存在になっている。
AAとSindyでお食事をしたビルの中庭のレストランで今夜はAAルーシーで食事をする。
忘れずに尋ねてくれた友よありがとう。








Sindy天国でバナナ食べ過ぎないでね
: Sindy : 11:14 : comments(5) :
Sindyが帰ってきた
Sindyがこんなに早く亡くなるとは夢にも思わず、ブラッシングのたびに取って置いた毛。それが50gをこえたところでクルエラさんにお願いしたのはすでに2年も前のことだった。
もっと増やすつもりが突然虹の橋に行ってしまったので、思ったより少ない量の毛で、欲張って二つ、作ってくださいとお願いした。
昨日それがわたしの手元に届いた。
まさにSindyが帰ってきたような不思議な気持ちだ。

もちろん今でもときどきどうしようもない気持ちになることがある。
絶対にとりもどせない貴重で楽しかった時間。
今となってはあまりに短くあまりにはかない命だったと思う。

3つに増殖したSindyぐるみをまくらもとに並べて寝た。

明け方目を覚ますと夫がなにごとかつぶやき、次にまぁるく盛り上がった布団を何度も何度もなで始めた。

Lucyの朝の散歩からもどったわたしは「何か夢みてなかった?」と夫に聞いてみた。
やはりSindyが夢の中にでてきて夫はなでていたのだという。

帰ってきたSindyぐるみのせいだなぁ。
わたしはほとんど夢を見ないのでわたしの夢にはでてこないなぁ。
でもわたしには夫よりもっとたくさんの思い出がある。
死んでも切れないSindyとの絆がある、と思うのだった。



この子はおすわり



この子はテディ
写真のいたずらか目に光るものが


クルエラさんに感謝!!
: Sindy : 15:55 : comments(5) :
Sindyの幼馴染
朝のお散歩のタイミングで、たまにメグちゃんに会えるときがある。
メグちゃんはSindyの幼馴染で本当に仲良しだった。
一緒に鎌倉の海に行ったときのことを、今でも鮮明に覚えている。
かわいいメグちゃん、やさしいメグちゃん、Sindyの分もたくさん長生きしてね。




ルーシーちゃん

ハーイ! 
: Sindy : 20:18 : comments(4) :